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東京地方裁判所 平成9年(ワ)5384号 判決 1998年5月28日

原告

葛西昌子

訴訟代理人弁護士

増村裕之

被告

株式会社システムサービス

代表者代表取締役

武井仁

訴訟代理人弁護士

本田一則

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、被告と売買契約を締結した原告が、売買代金の支払のために予定していた融資が実行されなかったとして、売買契約の特約事項(いわゆるローン条項特約)に基づき、売買契約を解除して手付金の返還を求めるのに対し、被告は売買契約の解除は権利の濫用であり、許されないと主張する事案である。

二  前提となる事実(後に証拠を掲げるもののほか、当事者間に争いがない。)

1  原告、佐藤房枝(以下「佐藤」という。)及び被告は、平成八年一二月二七日、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)につき、以下の内容の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

(一) 売主 被告

(二) 買主 原告及び佐藤

(三) 売買代金 一億二〇五〇万円(消費税を含む。)

(四) 支払方法

手付金一〇〇〇万円を本件売買契約締結時に支払う。

残代金一億一〇五〇万円を平成九年二月七日までに支払う。

(五) 特約

原告は、売買代金の支払にあたり、株式会社さくら銀行(以下「さくら銀行」という。)から五〇〇〇万円の融資を利用するものであり、融資が実行されない場合には、買主は、平成九年一月二四日までは本件売買契約を解除することができる。

本件売買契約が解除された場合には、売主は、買主に対し、受領済みの手付金を無利息で返還する。

(以下この特約を「本件特約」という。)

2  原告は、平成八年一二月二七日、被告に対し、本件売買契約に基づき、手付金一〇〇〇万円を支払った。

3  原告のさくら銀行に対する融資の申込みは、承認されなかった(甲三)。

4  原告は、平成九年一月二四日、被告に対し、融資の申込みが実行されなかった旨連絡し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

三  争点

原告の解除は、権利の濫用にあたるか。

(被告の主張)

原告の解除は、次のような事情からすると、いわゆるローン崩しにあたり、権利の濫用として許されない。

1 売買契約締結にあたり、いわゆるローン条項特約が合意された場合、買主は、単に金融機関に対してローンの申込み手続を行えばいいというものではなく、融資成立に向けて積極的に努力すべき義務を有する。

2 本件売買契約は、原告とその実妹である佐藤が共同買主となっており、原告のみならず、佐藤も被告に対し売買代金債務を連帯して負担しており、原告と同じ立場で原告への融資が成立するよう協力する義務を負っていた。

3 そして、一般に不動産購入のための融資にあたっては、買主が複数ある場合には、融資名義人以外の買主からも、その共有持分につき担保権の設定を受けるとともに、連帯保証をしてもらうのが慣行であり、これらの条件が満たされて初めて融資を実行するものである。

4 しかしながら、共同買主である佐藤は、原告への融資の連帯保証人となることを拒み、そのため原告への融資が承認されないという結果がもたらされたのであり、本件は買主が融資成立に向けての積極的な努力をしなかった場合に該当する。

四  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第三  争点に対する判断

一  証拠によって認める事実(以下の認定に供した証拠は、後に掲げるもののほか、甲三、証人熊谷である。)

1  原告は、平成九年一月一一日、さくら銀行のローンの申込み手続に着手した。

2  ところが共同買主である佐藤は、原告のさくら銀行に対する融資申込みにつき、連帯保証人となることを拒み、共同買受人となることにまで難色を示すに至った。

(乙六の1、一一)

3  また、原告は、ローンの申込みに必要とされる団体信用生命保険加入にあたり、当初、高血圧で通院していることを申告していなかったが、一四日、自主的にその旨を申告した。このため、ローンセンターでは、原告に病院の診断書を出すよう指示し、原告は、二二日、診断書を取得して提出したが、団体信用生命保険の審査は当初の予定より遅れることとなり、本件特約による解除期限である二四日までに間に合うかどうかは微妙になった。

4  原告は、平成九年一月二四日、不動産仲介業者である神奈川東リハウス株式会社の大間彰を通じて、被告に対し、さくら銀行に申し入れていた借り入れの可否に対し、団体信用生命保険の結果がまだ出ていないので、売買契約書に定める融資可否通知日を一週間程度延期したい旨申し入れた。

(乙一一)

5  右申入れの後、神奈川東リハウス株式会社の大間彰及び熊谷利雄は、被告事務所を訪れ、協議をした。大間彰及び大熊谷利雄は、融資可否通知日を延長するほか、買主を原告のみとすることを提案したが、被告はこれを了承しなかった。

(乙一、三、四、六の各1、一一、被告代表者)

6  右協議の途中で、団体信用生命保険の審査が否決された旨の連絡があったので、被告はその真偽を疑いながらも、熊谷利雄に融資申込人(原告)の法定相続人を連帯保証人とする方法を検討してもらうこととしたが、原告の法定相続人は佐藤のみであり、佐藤は再度連帯保証人となることを拒んだため、この話も不奏功に終わった。

(乙三、四、六の各1、一一)

二 本件売買契約においては、原告のみならず佐藤も共同買主となっているのであるから、仮にローン自体の当事者は原告のみであっても佐藤もまた本件売買契約に基づき、原告のローン契約が無事に締結できるよう協力すべき信義則上の義務を負っているということができる。

ところが、本件においては、佐藤は共同買受人という立場にあったにもかかわらず、原告の連帯保証人となることを拒み、さらには共同買受人となることにまで難色を示し、最終的にいわゆる連帯保証型のローンを不奏功に追いやっているのであるから、佐藤の行為は前記信義則上の義務に反するものといわざるを得ない(なお、買主が複数の場合、金融機関としては、買主の一人に融資を行う場合にも、他の共有者の連帯保証を求めることがよくあるということは公知の事実である。)。そして、これと同じ時期に原告が当初申告しないでいた高血圧症を自主的に申告したことによって団体信用生命保険の審査が最終的に否決されていることをもあわせ考えるならば、本件においてローンが実行されなかった原因は、原告側の責めに帰すべき事由によるものといわざるを得ず、本件特約に基づく原告の解除は許されないといわざるを得ない。

三  結論

よって、原告の請求は理由がない。

(裁判官田代雅彦)

別紙<省略>

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